道灌は子供の頃より聡明で、周囲を驚かせていました。
ある時、父・道真はあまりに聡明な道灌を心配し

と戒めると、道灌は屏風を指さし

とやり返したそうです。これを聞き、父・道真は
呆れたとも、感心したとも伝わりますが、道灌の
子供の頃からの聡明さを語る逸話です。

またその後、父・道真は、聡明な道灌が驕り高ぶる事を心配し

と書した四字を床の間にかけ道灌に見せると、道灌はその書に
二文字を書き入れ

と、正反対の意味にしてしまったそうです。これには父・道真も怒り
道灌を叩こうとしますが、道灌は一目散に逃げてしまったそうです。

そんな父・道真は、道灌の偉業に隠れがちではありますが
上杉家の家宰(筆頭重臣)として、大いに活躍しております。

当時の家宰は、領主に代わって領地の運営を任されたり
その権限は領主とほぼ変わらない場合もあったようです。

道真は文武に優れ、殊に歌道は、後に有名になる道灌より
その実力は上であった、と伝わります。居城にしていた
河越城(川越城)で連歌会を行い、この時の歌の数々は
『河越千句』として現在でも高い評価を得ています。

1456年頃、道真・道灌父子は江戸城・川越城を築きます。
その後、道灌は江戸城の初代城主になり、道真は川越城に
居城しました。

(写真：道灌、含雪亭(江戸城内・推定)より富士を見る)

現在でも東京には『道灌濠』『道灌山』などの名が残り
道灌の建てたお寺や神社が数多くあります。

道灌の伝説の中で、最も広く知られたものがこちらです。




この伝説の比定地には諸説あり、越生も父・道真の館が
実際にあった事から、有力な候補地の一つです。
この他にも、鷹狩に出かけた説、現在の新宿だった説
神田だった説など、数多くの説があります。

また、この伝説の後、道灌は次のような歌を詠み

この歌と伝説は、江戸っ子の琴線に大いに触れたようで
数多くの絵画や川柳の題材として親しまれました。

(写真：『太田道灌初歌道志図』他)

道灌の武勇を支えたのが、後に『足軽戦法』と呼ばれる戦略であった
と言われます。当時の関東では、一騎打ちをするのが戦の習わしと
されていましたが、道灌は足軽を多用した戦法を行ったと言われます。

これは道灌の発案であったとも、京にて修得したとも言われますが
いずれにせよこの戦法の先駆者であったのは間違いないようです。

道灌の戦歴は凄まじく、危機に追い込まれた上杉家にあって約30年
30戦の戦いを勝ち抜き、ほぼ独力で上杉家を救ったと言われます。

しかし、この事がついに、道灌に最大の不幸を招きました。

道灌の名声が高まるにつれ、主君の上杉定正は不安を覚えます。
下剋上の時代において、有能すぎる家臣は脅威であったとも
道灌が主君定正を軽んじたとも言われますが、ついに1486年
定正によって道灌は暗殺されてしまいます。

死に際に道灌は『当方滅亡』(私が死ねば、扇谷も滅びる)と
叫んだと言われますが、予言の通り、このわずか60年程後に
扇谷上杉家は滅亡する事となりました。

暗殺の時、道灌が歌道に通じてる事を知っていた暗殺者は

と問うたと言います。それを受けて道灌は

と下の句を詠んだと言われます。

この潔い死に様は『さすが道灌』と人々を感嘆させ
後世まで語り継がれる事となります。後に新渡戸稲造が
その著書「武士道」の中にて、武士の最期の姿として
紹介し、広く知られる事となりました。

こうして息子・道灌に先立たれた道真も、その翌々年
越生・自得軒にて息子の後を追うように亡くなられました。

両名将の魂は今、武蔵野の風に吹かれながら
静かに眠られております。